肺炎で死ぬということ
「先生、肺炎にならないワクチンを宣伝していますね。あれを打ちたいのですが?!」という相談が診療所で流行っています。今日の新聞にも「俳優の二谷英明、肺炎で死没」という記事がありました。私としては「肺炎でなくなったということはほとんど自然に近い死に方だったのだな、よかったね。」という感想なのですが世の中には「肺炎なんかで死にたくない」という人も多いらしい。
飢餓のアフリカや明治時代の小説などでは子供が肺炎で亡くなるなど悲しい話もありますが、現代日本で「日本人の死亡原因で肺炎が増えています」ということはすなわち「事前に予防できるガンや脳卒中、心筋梗塞や弁膜症で亡くなる人が減ってきた結果なのだなあ。すなわち日本人の公衆衛生と生活向上の結果だ。」と思うのです。
だれでも何かの原因で亡くなるのですから、体が弱って飲み込むこともできにくくなった時は気管へ食べ物のかすが入ったり、口腔内の雑菌を気管に吸い込んで肺炎になり亡くなるというのは、人間の生物としての永い歴史上ではきわめてふつうの自然なことであったと思います。
6年くらい前、嚥下障害の対策セミナーを一泊で受講しました。「サルが人間となったときから誤嚥という問題が生じた」という講師。
「人間は声を出して話したり、歌ったりするために喉頭(のどぼとけ)の位置が猿や犬や猫よりずいぶん下に移動している。そのことで空気と食べ物の通り道がクロスする空間が大きくそのため食物や水分が気管に入りやすい構造になった」という。
なるほど人と人が心を通わすための手段(言葉)を手に入れるために人は命がけの進化を遂げたのだな、それはそれで運命でもあろうと納得したものでした。
食べのものや唾液が気管に入ってしまって肺炎になることを「誤嚥性肺炎」といいますが、老衰したり、脳卒中や認知症・パーキンソン病などで喉の神経が弱ってくると喉の動きもにぶくなって、飲み込みが上手にできなくなります。神経が衰えると気管に異物が入っても正常な咳込みがおこらず、ご飯粒や食べかすが気管に入っても平気な状態になります。その結果気管支炎や肺炎が起こるのです。そのようなメカニズムが判ってきたのでそれなりの対策がとられるようになり、口腔内ケアをきちんとすれば肺炎が予防できることや嚥下のリハビリをすればまたご飯も口から食べられるようになることも判ってきました。それでも最期にはやはり肺炎で亡くなることも多いのです。(図:誤嚥性肺炎の機序)
嚥下性肺炎を予防できることも医学と科学の進歩であります。
しかし、いろいろな意味で肺炎でなくなる人が増えたから「肺炎予防のワクチンがありますよ。」とそこだけ強調して自社商品を宣伝して金儲けを企む製薬企業にはちょっと腹が立ちますね。その企業は1月になってから「宣伝しすぎて生産が追いつかずに在庫がないから半年待ってくれ」と言ってきました。本当に必要な呼吸不全や慢性の心臓病の人にも接種ができなくなる事態です。これでは駄目です。医療や人の命を商品として扱っているとしか思えません。企業にも社会的責任を果たしていただきたい。
私なりに肺炎になりたくない人のための肺炎予防のポイントをまとめました。
- 肺炎予防7箇条
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- タバコは吸わないこと(ワクチン接種の何倍も重要なことです)
- 無理をしない=過労のままがんばりすぎないこと
- 血圧や糖尿病など脳梗塞の原因となる病気はきちんと治療すること
- 虫歯や歯肉炎、歯槽膿漏は治療して毎日歯を10分以上磨くこと
- インフルエンザや風邪から肺炎が起こりますから手洗いやうがいをすること
- 重い心臓病や呼吸器疾患の患者はインフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンを受けること
- 胃食道逆流症が有る場合は治療をうけること