往診中にあるマンションでエレベーターを降りたはずの小学生がまた急いで戻ってきて「カメムシがいっぱい居って帰られん」と悲しそう。一緒に乗っていたおじさんが「なら一緒に付いていったろか」と降りていきました。なんかうれしい光景でした。
さて今回はちょっと堅い話です。
自宅で看取る意向の減少
昨年は「重症だけどできるだけ自宅で療養したい」という希望が多かった。入院するとコロナ感染予防のために家族に会えなくなるからである。今年は制限が緩んだから入院して看取りたいという希望が増えた。結果、自宅で死亡診断書を書く回数は減っている。
患者さんが救急病院へ運ばれたが既に心肺停止していたから、かかりつけ医でないと死亡診断ができないと私が夜中に救急センターに呼ばれること年に2〜3回、警察の霊安室に死亡確認に行くことも数度あった。今年はそんな事件が一度もないのだ。コロナ対策軽減のためだと考えていたがもう一つ、この4月から神戸市救急隊で「DNARプロトコール」が運用開始したことも影響があるかもしれない。
神戸市のホームページでは
「・・・消防局では、これまですべての心肺停止状態の傷病者に対して心肺蘇生を行うことを救急活動の基本方針としてきましたが、心肺蘇生を望まない方への救急活動について本人の意思を最大限尊重するために・・・・・検討の結果、令和5年4月1日から、これまでの活動方針を見直し、心肺蘇生を望まない方に対する新たな救急活動の運用を開始することとしました。」以上引用
私は東灘区医師会の理事それも救急災害対策委員になってしまった。先日も東灘消防署の署長や救急隊との懇談会に参加した。
消防署によると4月から9月の実績で44ケースが心肺停止しているが、すでに蘇生術をのぞまないという意思表示をしていたケース(DNARプロトコール対象)であった。そのうち半数は蘇生術を行わずにかかりつけ医に死亡診断を依頼することになったそうだ。それでも心肺蘇生を継続するケースはというと、明らかに外傷などの外因性心停止の場合(蘇生の可能性がある)と、心肺蘇生を家族が強く希望する場合である。
DNARってなに?
ここ数年で、人生の最期が訪れた時にどのような医療や対応をしてほしいかというプランの論議が盛んにされるようになってきた。この計画全体の最後にDNAR(蘇生させようと試みない)が入る場合がある。
「DNARとは尊厳死の概念に相通じるもので、癌の末期、老衰、救命の可能性がない患者などで、本人または家族の希望で心肺蘇生法(CPR)をおこなわないこと」というのが救急医学会の用語定義である。
事前に本人の意思確認ができており家族も了承し、最後は主治医が指示することが条件とある。であるからたいていは救急隊を呼ばないのである。実際私の診ている在宅患者さんたちは死期が迫った時に自宅で静かに亡くなる。その時家族はまず私や訪問看護師に連絡をしてくれる。ほんとに予想外の呼吸停止以外では救急車を呼ぶことはしない。心臓マッサージや点滴をせずに看取られたひとは、安らかな表情で寝床の中で目を閉じている。
救急車をどんどん呼んでください
ところで先の東灘消防署長が「DNADプロトコール実施は市民のためのものであって救急隊のためのものではない、困ったら救急車は遠慮せずに呼んでほしい」と言ってくださった。コロナ対策が緩和されたとはいえ患者は減っておらず、さらに酷暑で熱中症の搬送が15%増えた。救急車のサイレンを聞かない日はない。今年の夏までの神戸市救急出動件数は昨年よりも全体で4%増えたという。
救急隊の苦労に感謝しつつ「頼りになる救急隊を守るにはどんな場合に119をコールするか」を私たちも考えねばならない。
健康いちばん 2023/10 四季のカルテ
村上正治