認知症診療について ~ 一番大切なのは予防とケアです ~
うはらクリニックでは「認知症の診療」を一つのテーマとしています。先日に「小さなクリニックでどこまでできるのですか?」という質問を受けました。「どこまで」という質問にはどこまで検査ができるの?どこまで治療ができるの?といった意味が込められているかもしれません。私の答えは「最期まで」です。
私は現在100人以上の認知症患者さんを診療しています。(そして多くの認知症患者を様々な形で看取ってきました。)その患者さんたちにはこれまでに検査をいろいろ受けていただきました。診断結果はアルツハイマー型75%、レビー小体型15%、正常圧水頭症が数人、前頭葉側頭葉型と思われる人が1-2人です。治療薬「アリセプト」が世に出てすでに10年以上がたちました。確かに認知症は今までよりうまくケアできる疾患になりました。しかし最先端検査とか先端治療とかは認知症の患者さん自身にとってはあまり救いにはならないというのがこれまでの感想です。患者さんにとって必要なことは家族や地域の介護を含むケア中心のチーム医療だと思います。そして最期までケアできておつきあいできることだと思います。
認知症の検査
専門検査センターへの紹介もします
認知症の早期診断と早期の対応の必要性が叫ばれています。早く発見できたら治療・予防できるかの様な誤解も聞きますが、現在の治療手段では治すことのできる認知症はほんのわずかです。早期発見・早期対策でケアを早くから始めることで問題行動を予防してトラブルを回避し精神病院へ入院する患者数を減らそうというのが厚生労働省の主旨だともいます。
アルツハイマー病やレビー小体病は発症の10-15年前から脳内にアミロイドやα-シヌクレインという物質がたまり始めてゆっくりと時間をかけ脳をむしばんで行きます。初期には脳の形態的異常を見つけることは困難です。「認知症の人は脳が萎縮している」というのも誤解でかなり進んだ認知症でも脳に萎縮がない患者さんもたくさんおられます。逆に萎縮していても認知症ではない患者さんもあります。診断の目的は治療できる認知症かどうか、本当に認知症なのかを決めることにあります。うはらクリニックでは「もの忘れ相談プログラム」というコンピュータシステムも使っていますが、普段は長谷川式スケールやリバーミード行動記憶検査で経過観察をしていきます。初診時には脳CTかMRIを撮って正常圧水頭症や脳卒中、脳腫瘍がないことを確かめます。
認知症の有無をまず調べたい場合は当院で簡単に検査することが可能ですがもっと認知症の詳しい検査を受けたい人は甲南病院に「認知症疾患センター」ができましたからそこへご紹介しましょう。フルコースで検査してくれます。
参考:認知症疾患センターHP
URL:http://www.kohnan.or.jp/rokko/department/ninchi/
認知症の予防(ろっこう医療生協でご一緒に)
認知症の進行を遅らせる薬はありますが、予防する薬は今のところ開発できていません。しかし、予防のためにプラスになることはたくさんあります。
例えばアメリカのFDA(食品医薬品局)は次の項目を認知症の予防に有効としています。
- 2型糖尿病のコントロールを良くする
- 高血圧と高脂血症の改善
- 望ましい体重の維持
- 社会交流と知的な活動
- 運動習慣を持つ
- 果実と野菜の多い健康な食生活
- 禁煙
- うつ病ケア
以上を具体的にすると
- 良きファミリードクターを持ち血圧や血糖のコントロールを良くする
- 豊かな食生活:野菜・さかな・にく・植物性脂肪・少量のアルコール
(例:地中海食・日本食) - 豊かな人間関係:友人・サークル・趣味、身体的活動
- 文化的生活:読書・観劇・高い職業歴・クロスワード・手芸・囲碁・麻雀・園芸・旅行
- ボランティア活動
という事になります。
私たちの医療生協では20年前からブレスローの健康習慣を提唱してきました。そして、地域の人達をサークル活動やボランティア活動を通じてつなげてきました。人と人とのつながりを通じてひとりではできない健康づくりを目指してきました。それはそのまま認知症の予防にもつながる活動であると自負しています。ぜひ医療生協の活動に参加して認知症も予防してください。
認知症の治療(レビー小体病に注意)
先述の様に10年以上前からの進行の結果に認知症と診断されるのですから、現在の治療は「対症療法的」にならざるを得ません。現在も最強の治療薬であるアリセプト(donepezil)は効果があれば2年くらい前の記憶力に戻すことができますが、それでもゆっくり元に戻ります。そして進行します。「進行を遅らせる薬」というのが正確な表現だと思います。「クリニック便り」のページにも書きましたが新たな治療薬も発売されています。しかし、2-3年たっての使用感は患者によって使い分けできる様にはなったが「進行を遅らせる」という点では同じという感想です。
認知症の診断が付き治療を開始すると逆にすごく調子が悪くなるケースがあります。少量の認知症薬で「急に転倒する様になった」「幻覚が見える」「興奮する」「急に意識がなくなった」など患者さんや家族にとっては予想外の出来事が起こります。認知症の患者さんの中に10-20%の割合でレビー小体病による認知症患者が混ざっているからです。
この患者さんたちの特徴は①パーキンソン病を合併することが多い=身体が傾いたり転倒しやすい。②後頭葉が侵されて視覚的な症状(幻覚や幻視)を見ることが多い③薬剤に対して過敏に反応する(例えば風邪薬を飲んで幻覚が見える。転倒する。)④急に意識がなくなる発作などです。
よく経験するのは認知症治療にアリセプトなどコリンエステラーゼ阻害薬を内服すると隠れていたパーキンソン症状が顕在化して転倒してしまったというケースです。だから治療開始時には患者さんはひとりではなく介護者・家族と受診して欲しいのです。できれば薬の量がぴったりと合うまでは2週間に1回の診察につきあっていただきたい。よろしくお願いします。
参考文献:完全図解 新しい認知症ケア 医療編 (介護ライブラリー)河野和彦著
認知症ケア(認知症とは社会的な病)
私たちがこの地域で目指すのはなじみの関係を継続しながらひとりでも地域生活を続けることができる街作りです。ろっこう医療生協では「ケアコミュニティ・うはら」を目指してクリニック近くに、サービス付き高齢者住宅、小規模多機能ホームを2014年9月には完成する予定です。この施設を拠点としながら在宅医療とつながり認知症でもできるだけ今までに近い形での生活を継続できるようにお手伝いをさせていただきます。そして、認知症だけでなく若い人・子供・障害を持つ人も交流でき、一緒に生きることができるコミュニティを作っていきたいと願っています。
認知症患者人口が450万人を越えるというニュースを聞きます。10年前の予想を大幅に超えて増加しているとのこと、どうしてでしょうか?認知症とは「生後いったん正常に発達した種々の精神機能が慢性的に減退・消失することで、日常生活・社会生活を営めない状態」をいいます。つまり、後天的原因により生じる知能の障害である点で、知的障害(精神遅滞)とは異なるのです。後天的であることに加え最も大切な定義は日常生活・社会生活を営めない状態という点だと思います。2008年のキューバ医療視察で同行させていただいた大井玄先生の著書に沖縄でのフィールドワークの報告があります。沖縄では高齢者が家族に大切にされ、もの忘れがあっても敬われ支えられて生活しているので生活に支障がなかったというのです。だから病気ではないということです。
昔から認知症の親を介護した苦労話をたくさん聞く一方で認知症でもひとりで何ごともなく暮らしている患者さんや家族がもの忘れをなんでもないことの様に世話をされているケースを見ると認知症でも平和に暮らしていける環境作りはどんな治療薬よりも大切だと感じています。
参考文献:「痴呆老人」は何を見ているか 大井玄著 (新潮新書)