神戸市東灘区のJR[摂津本山]駅 または阪神電鉄[青木]駅 徒歩15分に位置するうはらクリニックは、ろっこう医療生活協同組合が運営する「地域住民による住民のための診療所」です。

認知症を思う冬

 毎年、2月になると思い出す。寒い夜に「お父さんが居なくなりました」と夕食を届ける業者さんから連絡を受け、あわてて高槻へ車で駆けつけたこと。お隣のTさんに会うと「夕方にガレージで見かけたけど?」という。なんとガレージの物置の中で毛布にくるまれている。災害用に準備していたラーメンをガスコンロで作り食べていた。「孫のA子が鍵を閉めて出かけたから家に入れなくなった」とケロリ。一人暮らしですから鍵をかけたのは自分でしょう。鍵をかけて出かけたことや鍵をしまった場所も忘れてしまい、状況を説明するために他人のせいにして納得している。「さっきあったことは覚えていないけれど、寒い夜に凍死しない危機対応はちゃんとできるんやなぁ」などと感心しながら家に入り、二人で焼酎を飲んで寝ました。その10ヶ月後に私の同級生が父親をその家で看取ってくれたのでした。81才でした。

 私は昨春から東灘で「うはらクリニック」を始めたわけですが、ここは在宅医療と認知症ケアを看板としています。そして開業した後でしたが、夏に受験して日本認知症学会専門医試験に合格しました。思えば昨年は父親の三回忌。父の2年間の在宅生活を横で見ていたことも受験動機だったし、介護でいろいろ教えられたこともあったと改めて仏壇に手を合わせたりする。ちょっといい息子だななんて思う。

 昨今、認知症のことは国を挙げての大問題となっている。認知症患者数が450万人になる。今のように施設や病院で面倒見ていると大変な経済負担である。だから地域でケアできるようにしましょう。今になって認知症の人々を社会に帰そうとするのは彼らの人権や幸せを思ってのことではないらしい。純粋に「経済的理由」だと正直に告白する政府である。もちろん京都などには昔から精神疾患や認知症の患者さんを地域でケアすべきだとがんばる運動もあったが、少なくとも25年前の神戸にはそのような動きはうすく「要介護の人は家族で面倒見なさい、そうでなければ病院に収容しなさい」ということになってた。

 その頃というのは私が灘診療所の新米医師の頃であった。理事のHさんとかSさんも参加していた学習会で認知症の介護とはなんたるかを講義したことがある。いつもは優しい理事さんたちにこのときだけは「ぼけた親を家でみたことがない者が建前や理想だけを話すではない、徘徊や下の世話のつらさを知ってくれ」と大変怒られた。今思うと確かに何も知らぬ医者であった。医療生協で働いた27年のあいだ患者さんや組合員さんと一緒に悩み、試行錯誤しながら診療してきて、少しは認知症の患者さんの気持ちや家族のことも理解できるようになった気がしている。

 ぼけから痴呆、現在は認知症と呼び方も変わり、認知症についての原因解明もずいぶん進んだようだ。アルツハイマー型、レビー小体型、前頭側頭葉型などのタイプがありそれぞれ脳内のトラブル原因物質が何かということまで解明されている。治療薬も数種類が処方できるようになり選択肢も増えた。しかし残念なことに認知症の症状が出る前に病態は進行しているために原因療法や予防治療はまだ難しい。
私は現在120人の認知症患者さんを診療している。その患者さんたちにはこれまでに検査をいろいろ受けていただいた。診断結果はアルツハイマー型が多く、レビー小体型20人、正常圧水頭症が数人、前頭葉側頭葉型と思われる人が1~2人のこりが少数の脳血管障害というふうに診断はつく。しかし最先端検査とか先端治療とかは認知症の患者さん自身にとってはあまり救いにはならないというのがこれまでの感想だ。患者さんにとって必要なことは家族や地域の介護を含むケア中心のチーム医療だと思う。そして最期までケアできておつきあいできることだと思う。
その意味でこの正月はよい別れをさせてもらったかな。昨年末は12月30日から休診となり家で棒タラを炊いていたら一人暮らしのKさんの娘さんから電話をもらった。「母親が食べ物を受け付けなくなった」というので自宅へ行ってみると意識ははっきりして手足は動くが口を開けてくれない。彼女は7年ほどデイケアに通ってくれた認知症と歩行障害の患者さんである。腹が痛いようなので浣腸して便を出してみたがやはり食べてくれない。無理に口に食べ物をほうり込んだら怒る。

翌日31日も往診、やはり食べないということで点滴をしてみることになった。4月頃にも同じようなことがありそのときは数日間点滴したら元気になって食べるようになったので今回もトライすることになったのだ。動くKさんを娘さんと2人で押さえつけてサーフロという柔らかい注射針で点滴開始した。針がうまく入ってよかった。翌日は元旦であるが今年は客もないので屠蘇だけ済まして午後に往診する。そんなことをして正月休みが終わった。娘さんは毎日かよって付き添い、訪問看護も毎日通ってくれた。そうしながら少しずつお別れの準備ができた。最後の夜は少しずつ呼吸が浅く、間隔が開いていき静かに静かに呼吸が止まったという。翌朝の5時前に呼ばれた。「5時かあ、朝が早いなあ」と思ったけどKさんの静かな死に顔を見られてよかった。

2015年2月 村上正治

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